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不安(1)

2008年06月28日 23:35

「不安で、たまらない」

「不安で、どうにかなりそうだ」

心のことで、私たちが一番辛さを感じるのは

『不安』ではないかと思います。


では、どうして人間は不安になるのでしょうか。



結論から云ってしまえば、

それは俗に云う『心の傷』。

無意識にある抑圧された感情が、癒されぬまま、

いつまでも生々しく疼いているからなのです。


そう・・人は未来に不安を感じるのではなく、

過去の未解決な『問題』が心を不安定にするのです。



と、こんなことを書くと、

また、過去、過去。過去の傷かよ・・・

「だから精神分析(学)は嫌なんだぁ」

と思われるかも知れません。(^^:


でも、単純に考えても、私たちが不安になるのは、

過去に良い思いがないから「また?」

と嫌な気分になるのですよね?

もし過去が良好で、自信に満ち溢れていたら、

不安になどならないはずです。


たとえば、人間は、とても辛い体験をすると、

心が壊れてしまわないように

その辛い感情を、心の奥底へ抑圧してしまいます。

つまり、思い出さないように消し去ってしまうわけです。


しかし、消去したとは云っても、その感情は

無意識の中で生きています。

むしろ、解決しないまま「無視」されてしまった

わけですから、余計に恨みや憎しみを感じたまま

心の中で生々しくうごめいているわけです。


日常生活でも、喧嘩をして「ごめんなさい」と

お互いに和解でもしない限り、いつまでも

「こんちくしょう(--;)」と、わだかまりが残りますよね。

それと同じです。(^^:


でも本人は「忘れたつもり」でいるのが抑圧ですから、

まさか、そんなものが自分の生活に影響を与えている

などとは思ってもいません。

しかし、やらなければいけないと思いつつ、どうしても

気持ちが向かない。

なぜかいつも、同じような場面で不安を感じてしまい、

臆してしまう自分がいる・・・

などの消極的な連鎖を呼んでしまうのが、抑圧の怖さなのです。


そんな積み重ねが、いまの不安に結びついているとすれば、

過去の未解決な『問題』が心を不安定にする、

という意味も理解して頂けるのではないかと思います。



そしてそれは不安だけではなく、

寂しい、悲しいという感情も同じです。


ふと、不安になる

ふと、寂しくなる

ふと、悲しくなる


ふと・・・は、不意に(意識なく無意識に)

という状態を表しています。


それは心(自我)が現実から離れ、

『無意識の中にある気持ち』に触れ、思い出したから

そうした感情になっている・・と解釈できませんか。


つまり「いまが不安」「いまが悲しい」

というより、抑圧された『過去の自分』が

満たされ(癒され)ていないから、

そうした感情になるのだと思います。


人が夜に不安になったりするのも、

心が現実から離れ

無意識の中の自分一人になって、

過去の自分と向き合わねばならなくなるから・・・

ではないでしょうか。



久しぶりの記事が、とっても暗い話になって

しまいましたね。(^^:

しかも、こんな書き終わりでは、不安を煽った

ままになってしまいそうで・・・すみません。(^^:


次回は、その解決案?を書いてみたいと思います。

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不安(2)

2008年06月28日 23:33

前回、人間の不安は、心の傷・・・

抑圧された『過去の未解決な問題』が

原因である・・・・

という話を書きました。


つまり、不安は「未来に対するもの」と云うより、

過去の出来事に、心が怯えたままになっているから

起こる・・・と云っても良いと思います。



ではなぜ、心は問題を未解決のまま

抑圧という手段を使って先送りにしてしまう

のでしょうか。

単純に考えれば、「その都度、解決」しておけば、

何の問題もないわけですよね。(^^:


まず、そのへかんら書いてみたいと思います。

『それ』が解決の糸口になりそうなので。(^^)


人間の心は、もともと無意識100%で始まります。

このときにはまだ、「ああしなきゃ」「こうしなきゃ」

という『自分自身』である『自我』は、とても幼く未熟で、

ほとんど「無力」で力はありません。


反対に、そのころ心の中で威張り、猛威を奮っている

のが、『エス』という『本能の固まり』みたいなヤツです。(^^:

エスは、辛いこと、面倒なことが大嫌いで、少しでも

不快なことがあると暴れて、手がつけられなくなります。


本当であれば、自我はエスの『お守役』で、

エスをなんとか暴れさせないように、

いつも満足させておかなければいけないのですが、

まだそんな知恵も力もなく、どうにもなりません・・・(^^:


そこで自我は、エスが暴れて心が壊れてしまうこと

を恐れて、『防衛機制』という機能を使うのですが、

その中に『抑圧』があるわけです。


抑圧は防衛機制の中でも、単純で、てっとり早く、

未熟な自我にすれば「これしかない(^^)v」という機能です。


抑圧・・・その出来事を無かったことにしてしまうこと・・・

エスがいくら「不快だ(++;)傷ついた。なんとかしろ~」

と叫んでも、その訴えを無視して、葬ってしまうことなのです。

考えただけでも、とんでもない機能ですよね。(^^:


もちろん人間の機能には、そんなおマヌケ(片手落ち)

なものはなく、後でちゃんと回収(解決)できると思うから、

そうした抑圧などの防衛機制があるのです。


たとえば、いまは自我が未熟だから「とりあえず」

抑圧を使ったけれど、あとで(自我が成熟したら)ちゃんと

その心の傷も「修復しましょう」と云うわけです。


ですが、今の時代、なかなか自我が成熟しづらい・・・

自我は、様々な経験、艱難辛苦(かんなんしんく)を

乗り越えながら成長し、成熟して行くものなのですが、

現代は「頑張らなくてもいい、我慢しなくてもいい」

という風潮ですからね。

そうなると、自我も「過去のツケ」をなかなか清算する

まで成長できないまま・・・になってしまいます。


実は、現代人に『葛藤』や『心の病』が多くなった理由も

このへんにありそうなのです。

つまり年齢に関係なく『自我が未熟』な社会なのですね。


さ、そうなると「不安の解決」の答えも出ましたね。

自我を強く成長させて、過去の傷だろうが、何だろうが、

解決できる力をつければ良いのです。(^^)


『江戸の敵を、長崎で討つ』ではないですが、

人間、過去には戻れませんから、過去の傷を癒す為には、

現在で解決するしかありません。


それには、自我という刀を磨き、成長させながら、

『いま』を変えていくしかない。

不安で仕方がない自分に打ち勝って、未来を切り拓いていく。


そうした実績が自信となり、自我はさらに力をつけ成長する。

そしてそうした実績や成長が、過去に対する気持ち(心の傷)を

どんどん塗り替え、癒されたものにして行く・・

というわけです。



人間に『心の傷』のない人は、いません。

もし、いま、力強く、なんでも精力的に動いている人は、

過去の自分に打ち勝とうと頑張っている人か、

克服して、物凄い力をつけた人です。


約束します。

心の傷に勝つことができれば、その人は、いままでの

数十倍、いや、数百倍以上の力をつけることができます。

それほど辛い経験は、人を強くします。

自我を鍛えてみませんか。