スポンサーサイト

--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

不安(2)

2008年06月28日 23:33

前回、人間の不安は、心の傷・・・

抑圧された『過去の未解決な問題』が

原因である・・・・

という話を書きました。


つまり、不安は「未来に対するもの」と云うより、

過去の出来事に、心が怯えたままになっているから

起こる・・・と云っても良いと思います。



ではなぜ、心は問題を未解決のまま

抑圧という手段を使って先送りにしてしまう

のでしょうか。

単純に考えれば、「その都度、解決」しておけば、

何の問題もないわけですよね。(^^:


まず、そのへかんら書いてみたいと思います。

『それ』が解決の糸口になりそうなので。(^^)


人間の心は、もともと無意識100%で始まります。

このときにはまだ、「ああしなきゃ」「こうしなきゃ」

という『自分自身』である『自我』は、とても幼く未熟で、

ほとんど「無力」で力はありません。


反対に、そのころ心の中で威張り、猛威を奮っている

のが、『エス』という『本能の固まり』みたいなヤツです。(^^:

エスは、辛いこと、面倒なことが大嫌いで、少しでも

不快なことがあると暴れて、手がつけられなくなります。


本当であれば、自我はエスの『お守役』で、

エスをなんとか暴れさせないように、

いつも満足させておかなければいけないのですが、

まだそんな知恵も力もなく、どうにもなりません・・・(^^:


そこで自我は、エスが暴れて心が壊れてしまうこと

を恐れて、『防衛機制』という機能を使うのですが、

その中に『抑圧』があるわけです。


抑圧は防衛機制の中でも、単純で、てっとり早く、

未熟な自我にすれば「これしかない(^^)v」という機能です。


抑圧・・・その出来事を無かったことにしてしまうこと・・・

エスがいくら「不快だ(++;)傷ついた。なんとかしろ~」

と叫んでも、その訴えを無視して、葬ってしまうことなのです。

考えただけでも、とんでもない機能ですよね。(^^:


もちろん人間の機能には、そんなおマヌケ(片手落ち)

なものはなく、後でちゃんと回収(解決)できると思うから、

そうした抑圧などの防衛機制があるのです。


たとえば、いまは自我が未熟だから「とりあえず」

抑圧を使ったけれど、あとで(自我が成熟したら)ちゃんと

その心の傷も「修復しましょう」と云うわけです。


ですが、今の時代、なかなか自我が成熟しづらい・・・

自我は、様々な経験、艱難辛苦(かんなんしんく)を

乗り越えながら成長し、成熟して行くものなのですが、

現代は「頑張らなくてもいい、我慢しなくてもいい」

という風潮ですからね。

そうなると、自我も「過去のツケ」をなかなか清算する

まで成長できないまま・・・になってしまいます。


実は、現代人に『葛藤』や『心の病』が多くなった理由も

このへんにありそうなのです。

つまり年齢に関係なく『自我が未熟』な社会なのですね。


さ、そうなると「不安の解決」の答えも出ましたね。

自我を強く成長させて、過去の傷だろうが、何だろうが、

解決できる力をつければ良いのです。(^^)


『江戸の敵を、長崎で討つ』ではないですが、

人間、過去には戻れませんから、過去の傷を癒す為には、

現在で解決するしかありません。


それには、自我という刀を磨き、成長させながら、

『いま』を変えていくしかない。

不安で仕方がない自分に打ち勝って、未来を切り拓いていく。


そうした実績が自信となり、自我はさらに力をつけ成長する。

そしてそうした実績や成長が、過去に対する気持ち(心の傷)を

どんどん塗り替え、癒されたものにして行く・・

というわけです。



人間に『心の傷』のない人は、いません。

もし、いま、力強く、なんでも精力的に動いている人は、

過去の自分に打ち勝とうと頑張っている人か、

克服して、物凄い力をつけた人です。


約束します。

心の傷に勝つことができれば、その人は、いままでの

数十倍、いや、数百倍以上の力をつけることができます。

それほど辛い経験は、人を強くします。

自我を鍛えてみませんか。

エスって、どんなヤツ?(2)

2008年01月16日 23:21

そして補足の補足です。
ページをたくさん開かせてしまってすみません^^ゞ


手段や後先のことも考えず(考えられず)、

ただヤミクモに・・・

ではなぜ、エスは、そんなふうなのでしょうか?

「そんな子に育てた覚えはないよ(--;)」

と云われる前に?(謎汗笑)



第一部(『抑圧された意識』)の補足の中で、

無意識には

時間や出来事の善悪などの考え方はない。

それでいて、矛盾のない世界が無意識。

という説明文があったと思います。


そう・・・無意識の世界には、

時間という概念(考え方)もなく、

これは良い、これは悪いという概念もなく、

ただいろいろな欲望など(の気持ち)が

詰め込まれているのでしたよね。

middle_1203667730.gif

つまり、自分の思いを果たすためには、

「いまはマズイ」などという、チャンスをうかがう

(時機・時間を考える)なんてことは、まずありません。

middle_1203667839.gif

それに、時間という考え方がないわけですから、

30年前の話も、いまさっきの出来事と同じなのです。

俗にいう、とても執念深い・・・(^^:

middle_1203667942.gif

それにもちろん、善悪の区別がありませんから、

手段を選ぶことなど、無意識の辞書にあるはずもなく

とても衝動的なのであります。。(^_^;)

middle_1203668008.gif

でもまあ、それこそ悪気があるわけではないので、

そういうヤツだ、と思ってやって頂けると、

エスも助かると思います。^^ゞ


blogp1.gif

エスって、どんなヤツ?(1)

2008年01月16日 23:14

それはたとえば、どんな感じなの?

と云いますと、その例えも難しいのですが、

冒頭などにもありますように、



エスには

「これをしたら、まずい」

という理性や、

「これは、こうしたらよい」

という知性はありません。


つまり、「したいこと」があれば、

手段も何も選ばす(正確には選べず)、

後先のことも考えず(正確には考えられず)、

ただヤミクモに突進して行く、という感じで、

年齢でいえば(一生涯)0から1歳児と考えて

頂ければよろしいかと思います。(^^:

middle_1203667177.gif


そして、さらに補足です^^ゞ
blogp2.gif
blogp1.gif




心の病とは

2007年05月01日 23:13

一概に定義づけることは出来ませんが、

心の病とは

幼少期に受けた心の傷が原因となり、

心の一部が成長を停めてしまうこと。


たとえば

2歳で受けた心の傷なら、

心の一部が、そこから成長できず、

年齢を重ねても(傷を受けた心の部分だけ)

幼いまま残ってしまう。


そして現在ある精神(心)も、

何か重大な出来事にぶつかると、

その傷に逃げ込んで(退行して)しまう。

『子ども帰り』してしまう。

そのことで、現実とのギャップに遭ってしまうのが

心の病と云えると思います。


たとえば、30歳で社会生活に馴染めない。

どこか自分自身に違和感を感じる、など。


そして神経症の場合、そこに身体症状を伴いますし、

うつ病の場合は、無力感、無気力などの症状が

表われたりします。

また統合失調症の場合は、心が自分の世界に篭り、

その病覚(病気である認識)すら失ってしまいます。


いずれにしても、心の病は、

身体の病気や傷の後遺症と同じ、

心の後遺症と云えるわけで、

キチンと手当てしてあげる事が大切だと思います。

心の傷と、現実の問題

2007年04月12日 23:11

心に傷を抱えながら現実の問題を

乗り越えて行かなければならないのは大変なことだと思います。

しかし、その心の傷が、

現実の問題を引き起こしていることも珍しくはありません。


つまり、心の傷が無意識の行動となって現れ、

自ら障壁をつくってしまうケースもあるわけです。


ではどうして、心はそのような問題をわざわざ起こし、

自分自身を苦しめてしまうのでしょう。


それは、『心の傷は過去のもの』であり、

でも、私たちは現実に生きているからなのです。


ん?(^^;)ちょっと分かるようで分かりづらいかも、ですね。


つまり、心の傷になるものは、過去に起きた出来事の

ショックや無念さで、それが晴らせず残っているから、

いつまでもズキズキと生々しい痛みになっているわけです。


しかし、時間は容赦なく流れ、私たちは『現実』から

『過去』に戻って、やり直すことは出来ません。

そこで心(無意識)は、その過去と同じような出来事を

再現することで、『やり直し』をしようとする。

やり直すことで、傷を癒そうとするわけです。


ですからもし、「自分はいつも同じような事で苦しむなぁ」

と心当たりがあれば、辛くてもその『現実の問題』と

向き合って解決して行くことも、

心の傷を癒すうえで大切になると思います。


※過去の傷を癒す方法は、現実の問題と向き合うことである

と、云い換えても良いと思います。